House of the Rising Sun

Dry Lands


2005-06-10 FRI.


大河ミシシッピーの河口付近に位置し、かっての氾濫原でもあったその立地から想像されるとおり、New Orleans は殆ど海抜すれすれ、高潮では海水を冠り、川が氾濫すると、一面が水びたしになる、という「あまり恵まれたとは言えない」立地で、僅かに小高い部分に拓けて来た街だったのですが、20 世紀に入り、さらに通商が盛んになるにつれ、周辺の人口はさらに拡大傾向にあったのですが、残っていた土地はすべて低湿地で、そうカンタンには市街化できそうもない状況でした。

そのような状況を劇的に改善することに成功したのは、在 New Orleans の発明家にして技術者だった Albert Baldwin Wood( 1879,12,1-1956,5,10 )の発明した Wood 式螺旋揚水ポンプや、逆流防止水門などを組み合わせ、積極的に水抜きをする技術が機能し始めてからのことです。
1910 年代になって New Orleans 市の上下水道局は、そのような低湿地だらけだった一帯を干拓することを決意し、上記の Albert Baldwin Wood を起用したのでした。
そのポンプは劇的な効果をもたらし、低湿地の水はカナルを通してどんどん Lake Pontchartrain に排水され、一帯はリッパな Dry land となったのでした。
これによって New Orleans の市街は飛躍的に拡大することとなります。
余談ながら Albert Baldwin Wood はこの後も国内で同じような問題を抱えていた他の都市、Chicago、Milwaukee、Baltimore、San Francisco、さらには隣国カナダのオンタリオ周辺、そしてエジプトや中国、インドとその活躍の舞台を広げ、ついには海抜ゼロ、あるいはところによってはマイナス、というその国土に悩んでいたオランダでは Zuiderzee で大きな成果を挙げています。
彼の設計したポンプは維持管理も容易で、なんと設置後 80 年以上を経た現在でも、「そのまま」 New Orleans の揚水施設で稼働しており、しかも、今後も彼の設計のまま、Wood 式 Screw Pump は製造され続けるのだとか。
そして、このカナルを暗渠化して出来た街路、Canal Street 沿いにはビジネス街が広がり、またお馴染みのフランス風と言われる鋳鉄の手摺りを持ったバルコニー様式を定着させた建造物などとともに New Orleans の街に、独特な雰囲気を漂わせるようになった、と。

⋯などと New Orleans の街の変遷みたいなものを、「あえて」文化的なとこに触れないようにして辿ってみましたが、さて、カンジンの House of the Rising Sun という楽曲がどのようにして成立したのか?なんてことは「やはり」さっぱり判りませんねん。
江戸川スリムさまが発見された資料では、1941 年に Alan Lomax が収集した曲を収録した Our Singing Country の中で、この曲について、古いイギリスのトラディショナル(ま、ここは、フツーに考えれば、それこそ Thomas Haweis の Dark Was the Night から変化した Gethsemane のことであろう、と)のメロディに、Georgia Turner と Bert Martin と言う二人のケンタッキー出身者が歌詞をつけたもの、と記されている。とありましたが、当然、それに対する異説も存在する、としてありました。

その同じ資料では Rising Sun という固有名詞についても言及しているのですが、New Orleans では、知られているかぎり、二つの Rising Sun がかって存在したらしく、そのひとつはお馴染み(?)のフレンチ・クォーターの Conti Street に 1820 年代にあった、と言われる「短命な」ホテルで、最近の調査では、その広告の文面には「売春」を「示唆する」ともとれる語句が織り込まれている、ということでした。
いまひとつは 19 世紀後半と言われる時期に、アップタウン Carrollton に川を臨むようにあったダンス・ホール Rising Sun Hall で、こちらは当然ダンス・ホールであれば「売春」とは縁が無さそうに見えますが、どうやら当時ここを経営していた業者の本業が「そっち」だったのでは?という疑いは消えないようです。

モチロンこれは歌詞に出てくる House of the Rising Sun を「実在のもの」とした前提での話でございます。
ですから、もしかしたらそれが実際の名称ではなく、そこで働かされていた女性たちの言う「通称」だったとしたら、それでなくてもはかない一本の糸は、そこでプッツリと切れてしまうことになりますねえ。
ま、それはともかく、Alan Lomax が記しているその歌詞は、ある意味、Gethsemane での信者たちの悔恨に通じるものがある⋯と言い切るのもちょっと躊躇しますが、このメロディにこの歌詞が、まるで「誂えたみたいに」合っているよな気がしませんか?

東京方面はついに梅雨入りのようですね。
こちらも、雨こそ降りませんがメッチャ蒸しておりました。
しかも明日の夕刻にはついに(?)雨になるようでございます。

どうやら北海道まで行きますってえと、梅雨の影響も無いらしいのですが、ここ弘前は「どっちつかず」のグレー・ゾーンで、「降るなら降る、晴れるなら晴れる」どっちかにせんかい!と言いたくなるよな「どよよん」とした天気が多くなります。
ま、今年は、あの豪雪の例もありますから、今後どーなるか判りませんけどね。

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