I'm Gonna Murder My Baby 2

Pat Hare. AGAIN


2005-09-11 SUN.


Auburn "Pat" Hare は 1930 年12月20日、Arkansas 州 Cherry Valley で生まれています。
Cherry Valley はむしろ Tennesse 州 Memphis に近く、ほぼ 10 時の方向に 80km ほどの地点にあり、そこから Arkansas 州の Little Rock までは 8 時の方角に 160km ほどもあります。
しかも Cherry Valley を南北に貫く鉄道は、南の Wynne 経由で Memphis までつながっていますから、商業的にも、文化的にも Memphis 圏であった、と言えるでしょう。
ただ、その人口は 2000 年度の国勢調査ではわずか 704 人(!)でした。

すぐ間近に「光り輝く」 Memphis があったワケですから、彼がこの都会でブルース・ミュージシャンとして身を立てよう、と 10 代にして決心していた、というのも無理のないことでございます。
1940 年代後半のウルフの「エレクトリック化された」サウンドを支えたメンバーのひとりとしてスタートを切った彼の存在は、1950 年代には Memphis において、すでにかなりのプレゼンスを持っていたようです。
例えば Junior Parker が 1951 年に作ったとされる彼のバンド the Blue Flames にも名を連ね、またウルフのバンドでもサポートをしていたようですが、なんと言っても彼のギターが注目を(ま、当時よりは、後になってから、と言うべきでしょうが)浴びるようになったのは、あの Sam Phillips の Sun で行われた James Cotton のバッキングからではないでしょうか。

このときの Sun 199 My Baby / Straighten Out Baby 、そして同じく Sun 206 Cotton Crop Blues / Hold Me In Your Arms での彼のギターは、かなり小型の Sears-Roebuck(たぶんアメリカ最大の通販業者。いちおう Sears ブランドの楽器もあるがモチロン OEM。安物の代名詞?)のチャチなギター・アンプのヴォリュームを最大にしたことで、当時としては「あり得ない」ほどに歪んでおり、およそディストーション・ギター・サウンドの「元祖だ!」なんて言うひともいるくらいです。

ところで彼自身をメインとした録音は 1954 年の 5 月に行われており、それは Sun 997 Bonus Pay と、そして後々に物議を醸すこととなる運命の曲(?) I'm Gonna Murder My Baby でございました。

周囲の証言を集めてみると、だいたいが Pat Hare を飾らない、もの静かな人物だった、と評しているようです。「⋯ただし呑んでないときは、ね」という【注】が付くとこがモンダイなワケでして⋯
酒のせいで何度もステージに穴を開け、ま、おかげで Hubert Sumlin という素晴らしい才能がデビューすることも出来たのですが。
やがて Sam Phillips の関心がブルースから白人ミュージシャンの演奏する「ろけんろー」に移っていってしまったあたりからは主に Junior Parker と行動をともにしていたようです( 1954〜1955 )。
また 1956 年には、そこに Bobby "Blue" Bland も加えて南部を回るツアーにも参加し、そこでの彼のギターがまたさらにめざましいものがあったらしく、そのままスタジオでのレコーディングへと流れていきました。
そのときに生まれたのが 1957 年 5 月の Farther On Up the Road ( DUKE )です。

1950 年代の末には Chicago に出てマディのレギュラー・メンバーの地位を獲得するにいたりました。しかし、例の酒癖の悪さなどから追放され、そこで Mojo Bufford とともに Minneapolis で活動をしていた、とされます。
1962 年のある日、警察に通報があり、Pat Hare の家で暴力沙汰が起きている、とのことで駆けつけた警察が踏み込んだところ、そこには Pat Hare に撃たれて絶命した彼のガール・フレンドの遺体があったのです。
しかも、さらに悪いことに、そこに踏み込まれたことで逆上した Pat Hare は警察にも発泡し、警官ひとりを死なせてしまったのでした。
1964 年、終身刑を宣告された Auburn Pat Hare は Minneapolis Jail に収監され、1980 年 9 月26日には肺ガンによって死亡しています。
まさに I'm Gonna Murder My Baby という予言を真実にしてしまったような人生・・・

と言いたいとこでしょうが、実際はどうなんでしょうね?
単に脅すだけだったハズが誤って弾丸が発射されてしまったのでは?
とか、イロイロ考えてみたりもしますが、なんたってそれだけじゃなく、逆上のあまりかもしんないけど警官まで射殺しちゃあ「終身刑」もしかたない、ってとこでしょ。
別に人を殺した、ってだけならブルース界ではザラだし(ホントか?)死にゃしなかったけど発砲して当たっちゃった!なんてのも Hound Dog Taylor なんてのがいますからねえ。
ま、とかく日本じゃ(ってアメリカでも、か?)そうゆうセンセーショナルな話題が一人歩きしちゃって、伝説好きのみなさまの琴線をシゲキしとるようですが、ワタクシはそういったサイド・ストーリィも無視はしませんが、そっちを優先するのには抵抗があります。

なんたって、現代に生きておるワタクシには、もはやその録音された「音」でしか「対面」できない相手なんですから、それこそが One & only な接点。
レストランやらラーメン屋でも、その来歴やらエピソードに重きをおくブログもあるけど、大事なのは喰ってみてウマかったかど〜か!また行きたいと思うかどうか。
だからワタシの場合はブルースだっていっしょ!また聴きたくなるかどうか、聴いてよかったかどうか。エピソードなんてオマケでいい⋯

え?今回は曲ナシなのか、って?でへへ、そーなんですよ。
一部の方はすでにお気づきかもしれませんが、これ、例の Biography 用の原稿なんざます。
実は前にも彼を採り上げてるんですが、その文体がちょとあまりに「軽い」っちゅうか「おちゃらけ」が入ってる、いや入り過ぎてる、って感じなもんで、改めて書き直し、っつーワケなのよ。
あ、でも、もう「 P 」の項まで行った!なんて誤解しないでねん。
ちゃ〜んと「 A 」の項、つまり Auburn "Pat" Hare で割り込ませるんざます。

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