Stealin'

Johnny Young


06-01-29 SUN.




昨日に引き続き Maxwell Street 関連で持っていきますが⋯と言っても視界はちょと(いえ、だい〜ぶ?)狭くはなります。
あの名演奏 Money Taking Womanただし、例の I Just Keep Loving Her の演奏者を Jimmy Rogers & Little Walter なんて平気で書いてる barrel house bh-04 での表記上は Money Talking Woman。しかし、P-Vine のライナー内に掲載された実物の 78rpm SP、ORA NELLE 712B のセンター・レーベルの画像では「ハッキリ」と MONEY TAKING WOMAN と識別することができます。712B?じゃ 712A は?ってえと、それが昨日のキッカケになった Johnny Williams の Worried Man Blues )でのブルース・マンドリンの極地!てな演奏からすると、この Arhoolie CD 096297032527 JOHNNY YOUNG Chicago Blues での演奏(たしか ARH 1029 と ARH 1037 からまとめたものじゃなかったっけ?)は、ちょっと物足りません。
でも、そんななかで Money Taking Woman に少しは近いかな?ってのがこの Stealin' でしょか。

他にも Keep Your Nose Out of My Business や I'm Doing All Right などでマンドリンが聴けるのですが、どうも、ミドル・テンポっつうか、スローっつうか、あの「驀進」するハクリョクに迫るものが無いんですねえ。
いえいえ、それを Johnny Young の「老成」だなんて思いません。
たぶん Arhoolie 側の姿勢のモンダイだと睨んでるんですけどね。
ま、Arhoolie ってえレーベルは Clifton Chenier の豊富なストックなどで一目は置いておりますが、ときどき「?」ってのもあるのは事実でして⋯
てなことはともかく、やはりあの Money Taking Woman の素晴らしさがよけいに引き立ちますねえ。

JOHNNY YOUNG Chicago Blues
そのライナーによれば 1 曲目から 12 曲目までは 1965 年 11/22 に Chicago で録音された
Johnny Young And His Chicago Blues Band featuring Otis Spann, James Cotton : Arhoolie F1029 からの音源で

Johnny Young ; Guitar, Mandorin & Vocal
Otis Spann ; Piano
James Cotton ; Harmonica
Lee Morris ; Bass
S. P. Leary ; Drums

となっておりますが、それ以降のナンバーではギターに◯◯タレ(?)ドーキンスが入りハープが Big Walter Horton、ピアノ Lafayette Leake、ベースに Ernest Gatewood、ドラムも Lester Dorsie となる 1967 年の11/27、Chicago の Stereosonic Studio で録音された Johnny Young & Big Walter Horton Chicago Blues : Arhoolie F1037の収録曲です。


さて、barrel house bh-04、Chicago Boogie に収録されたMoney Taking Woman の Johnny Williams ですが、そんな「ありふれた」名前のせいか、ケッコー同姓同名がいるようで、ついに 2 万人を超えた!と豪語する ktate さんのブルース人名辞典ではやはりドラマーやらピアニストにサックス・プレイヤーまで登場してました。
もちろん、ここで採り上げておるのは Vocal & Guitar の "Uncle" Johnny Williams で、「必ず(とまでは言わないけど、たいていは)」Maxwell Street の、ってえ接頭辞がつきそうな人物でございます。

その Johnny Williams が生まれたのは Louisiana 州の Alexandria、1906 年の 5 月15日でした。
ただし、家族で移動したのでしょうが、彼が成長したのは、そこではなく、Texas 州の Houston や、Mississippi 州の Belzoni などの地域だったようで、そこで彼の叔父が一緒に演奏をしていたとされる Charlie Patton をはじめ、Jim Jackson や Howlin' Wolf などの演奏にも触れて、そのあたりで彼の方向性は決まったのかもしれません。
10 才あたりですでにブルースを演奏するようになっていたようです。

そんな彼が Chicago に出てきたのが 1938 年のことでした。
最初っからその仕事についたものかどうかは判りませんでしたが、後に「縁」が出来る Planet と Marvel というマイナー・レーベル( Chester A. Scales : 1914-1997 のレーベル)があったノースサイド近辺の Sedgwick の Oscar Mayer のソーセージ工場に職を得て、毎週日曜は朝から Maxwell Street へでかけ、そこで共演者を探して、たとえば Johnny Young などとも出会ったものでしょう。
ただし、その初期にはそこに Snooky Pryor も加えたトリオで演奏することも多かったそうですが、ORA NELLE(を所有する⋯なんて言うとスゴそうですが、Bernard Abrams は小さな電気店 Maxwell Radio, TV, and Record Mart の店舗の奥の一室をスタジオ代りに録音をしていたようで、一説では彼自身がそれほどブルースに興味があったワケではない、とも言われていますが、その動機はなんであれ、彼のおかげでプリ・バンド・ブルース期と言ってよい歴史の一コマが録音として残ったのですから、まことにありがたいことでございます)に声を掛けられて、録音に臨んだときには Johnny Young のマンドリンと二人のコンビとなっていました(ただしここらの前後関係には多少の混乱もあるようで、最初は Johnny Young & Johnny Williams のコンビで、後に Snooky Pryor が加わった、としている資料もあるのですが、そこらは確認がとれませんでした。確かに録音史的には「それ」は正しいのですが、それ以前に街頭でやったことがない、と断言できるひとはたぶんどこにもいないでしょう)。

そして ORA NELLE 712 では、Johnny Williams がヴォーカルをとった Worried Man Blues が Aサイドとなったのですが、やはりワタシは Money Taking Woman のほーが⋯

permalink No.1378

Search Form