さらに VOCALISE
そして VOCALESE


2003-04-16

ラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff)のヴォカリーズ("Vocalise" op.34, no.14.)について書きましたら、案の定、というか、さっそくメールが来て「マンハッタン・トランスファーにもありましたよね?」だって。おいおいM君、そゆ誤解が無いようにタイトルを「Vocalise, not vocalese」にしといたんだけど、ムダだったか。ま、たしかにカタカナで表記しちゃうと、どっちも「ヴォカリーズあるいはヴォーカリーズ」だもんね。

この場合は、「Vocalise」のほーでして、これはクラシックにおける「歌詞の無い歌」、つまり人声によるメロディ演奏であるのに対し、「Vocalese」となると、これはジャズ・ヴォーカルの分類では、他の楽器の演奏するメロディをシミュレートする際に「歌詞をのっけ」ちゃう、ってえものです。

つまり、本来、ちゃんと歌詞のある曲として完成している「楽曲」をその歌詞を「読まず」に「んー」、「うー」などの発声で歌うものを「ハミング」と言いますが、それとは逆に、本来「歌詞」の無い曲で、他の楽器によって演奏される主題や変奏部分を「シュッシュビドゥバ」や「トゥイタタ」などの意味の無い言葉(?)で歌うものが「スキャット」。そしてスキャットの意味の無い「シュビドゥバ」の替わりに、歌詞を作って歌ってしまうのがジャズ・ヴォーカルにおける「Vocalese」です。この場合、ただの歌と違うのは、たとえばコルトレーンの「至上の愛」でのサックスによるフレーズ(アドリブ部も含めて、ね)をそのままいただいて歌詞を乗せたりする、ってとこでしょう。
大抵はみんなが知ってるような有名な演奏(ただし、オリジナルが歌詞のある曲では意味が無いのよねん。だったら、それ歌えばいーんだから)を「歌詞のある歌」にしちゃうのだ。

と、このよーに「Vocalise」と「Vocalese」、たったひと文字ちゃうだけで、歌詞が「有る・無い」、正反対になっちゃうんだからヤヤこしいっす。だからカタカナで「ヴォカリーズあるいはヴォーカリーズ」とあったら、それが「クラシック」のか「ジャズ」のかを確かめなきゃいけませんね。

さて、クラシックの「Vocalise」ですが、歌詞の無い歌、という意味では、一見(一聞?)カール・ジェンキンスのADIEMASもそう言えないこともないか?あれって東欧かどっかの言語に聞こえるかもしれないけど、実はデタラメらしいんですよね。つまり、『Le Mystere des Voix Bulgares』(Disques Cellier COCY-75415)なんかが流行った時に、あ、こりゃイケる!なんて思っってパクったんじゃないのかなあ?よっしゃ、自分で作っちゃえば著作権のモンダイも無いし、つごーよく作れるぞう!ってなもんで。
逆にミッシェル・サンチェスの DEEP FORESTはホンマもんのエスニック・シャントをフィールドで集めて来て、それを「素材」としてスタジオで切り貼りして、もろアンビエントな造りにしちゃう、ってえシロモノです。バックはもう「いかにも」な UP-TO-DATEDのハイテク・サウンドってえとこが、真反対でございますね。
ADIEMASが、一見、正統派(?)クラシックのような曲調でありながら、乗っているヴォーカルが、いわば「デッチ上げ」の「なんちゃってエスニック」なのとは対照的でしょ?

さて、ADIEMASも「Vocalise」って言えるんでしょか?まるで歌詞があるかのように聞こえますが、あれを架空の言語、と捉えると(だとしたら、ずいぶん「幼稚な」言語ですよ。子音+母音の組み合わせで生まれる音がほとんど「χ+a」ばっか!つまり、A、Ka、Sa、Ta、Na、Ha、Ma、Ya、Ra、Wa、Paなんかが多いってのは、言語としては「成熟」してないってコトですからね)いちおー「歌詞だ!」って強弁できんこともない。かな?
ただ、そー聞こえるだけで、実際にゃあ「あ〜」や「うー」と変わりは無いとも言えますねえ。ま、映像作品のBGMなんかにゃ「使いやすい」音楽として重宝されちょるよーですから、どっちゃでもええんですが。

ところでクラシックの世界じゃあ、もひとつ、「無言歌」ってのがあります。ん?ヴォーカリーズのコトじゃないの?なんて思いますよね。その名前からじゃ。
無言歌ってのは Lieder ohne Worte(ドイツ語。英語では Song without words)を訳したもんで、メンデルスゾーン(1809−1847)が使い始めた言葉、ということになっています。
「歌詞の無い歌曲」というイミになりますが、Vocaliseとの決定的な違いは、「歌詞が無いけど、いかにも歌曲風な旋律をもった小器楽曲(通常はピアノ曲)」だ、ということ。つまり、人声が出る幕が無いんですよ。ややこしいですねえ。

ま、Vocaliseと Vocaleseそれに無言歌、これが区別できるよーになったからって、別に「音楽の世界」が大きく開けるワケじゃないですから、こんなコト知らんでも、困るこたあイッコも無いんですよ。
ただね、これを機会にして、歌ってなんじゃろ?とか、メロディと歌詞ってどっちが先に生まれたんだろ?とか、いや、どっちが先じゃなく同時に生まれたんだろか?とか、フと考えてみる。即効性は無いけど、もしかすっと少しは歌うってコトを「掴める」かもしれないじゃん?

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