Stormy Monday Blues

Donald Hines


03-08-25
やはり月曜日と来たらこれ(タンジュンやなあ)。お馴染みの Stormy Monday Blues 二度目の登場でございます。初回は意表を衝いて(?) Elmore James でございましたが、今回もまたオフ・センターで参りましょ。
手持ちのアナログ・ディスクにはレコーディング・データすら一切記載されておらず、日本盤のライナーを書いてる日暮氏も仕方なく(?)VooDoo の話でお茶を濁してますねえ。ワタシゃあ何でお茶濁そうかなあ?
1962年 Memphis 録音と思われる Donald Hines の歌うこの曲は、そのフォームとしてはブランド・スタイルですが、柔らかく洗練されたヴォーカルが、ネチっこいソウル系のシンガーにありがちな(え?偏見?)スケベったらしさに踏み込む一歩手前で身を翻したみたいな危うい位置ではあるものの、いまだ清潔感を残してたたずんでおる、と。
まあ、なんだかややこしいたとえでかえってワケ判らなくなっちょるかも?

全体に漂う「寄るベない」感じは、手数を抑えて、整理されたバックによるところが大きいけど、Donald Hines 自体も、ミョーな野心やらヨクボーを「歌うこと」の中に紛れ込ませていないからだと思うんだけどな。
そこら、大向こうをウナらせちゃる、とか、誰それのテイクにゃあ負けんぞう!てなイキみがあると、仕上がりにハクリョクは出るかもしんないけど、カンジンの内容とそのテクスチュアが乖離しちまって、オメエ、自分のヴォーカル・テクニックを見せびらかしたいだけだろ?と言いたくなっちゃいますよ。
だって歌詞がある以上、その表現する世界は一定の「指向性」を持っているワケで、日本人がイミも判らないで英語の歌詞を好き勝手に歌ってる(オレ?)んじゃないんだから、それも含めて表現しなきゃあ、ね。
その寂寥感とは別に、それこそ「嵐が近付いている」かのようなブキミチックな不安をかきたてているのが、ピアノによる、切れ目の無い二音のトリル・ワークが背後で流すファンダメンタルな伏線でげしょう。
リード・ギターは T-Bone 系の、ま、こゆのってありがちよねー、っちゅう(ワタシにとっては、だけど)毒にも薬にもならないよなオブリ&ソロで、そこそこ洗練されちゃいるけど、あんまし中身の無いよな印象。

なんでか、キーは G# になってるよな気がすんだけど、ブラスもハイってないのにヘンだよね?ウチのプレイヤーがおかしいのかなあ?ま、いいや、判り易くするために「G」だとして、例の 7 小節目、C から戻ってきたとこで G/Am/Bm/B♭m・・・って行く「アレ」はございません。
またトニックの G7-9 を揺らすヤツも半音上がって戻るのだけでその後の半音下から半音上まで刻むのはやっておりません。それがある種「清潔感」を生み出しておるのかもしれませんねえ。
ワタクシ、このよーなフツーのブルース進行でやるのが好みなもので、Stormy Monday ってどんな曲?ってときに聴かせてやりたい、あましアクの強くないヴァージョンでございます。

さて、この Hi Records は Tennesse 州 Memphis を本拠とし、1957年、Ray Harris の 3ドル50セントの投資によって創設されたレーベルで、ソウルの歴史を語る上で避けて通ることは出来ません。
1950年代中期に SUN と Meteor でプロデューサーをしていた Bill Cantrell と Quinton Claunch のふたりが後に Hi の社長となる Joe Cuoghi にアプローチし、レコード販売店やジューク・ボックス・サーヴィス事業(一種のアンテナとして、どの、あるいはどんなレコードがよくかかるのか?というデータを提供することになる)で手を組んだものです。

1958年に本格的なレコーディングを開始した Hi Records の最初の成功は、1959年の the Bill Black Combo によるものです。Bill Black は Sunで録音された Elvis Presley の全曲のバックに参加したベーシストでした。
Ray Harris と Bill Black は独特な重心の低いヘヴィーなビートを作り上げ、それはそのまま1960年代を通して Bill Black とそのサックス奏者 Ace Cannon のトレード・マークとなっています。
ところで、Hi Recrds はブルースをベースとした楽器構成を基本としているのですが、インストでのヒットを狙うにはやや品不足だったようです。そこで Ray Harris が目を付けたのがプロデューサーやホーン・アレンジャーとして Home Of The Blues などのレコーディングに関わっていた Willie Mitchell でした。
Willie Mitchell は 1928年に Mississippi 州 Ashland で生まれ、1930年ころ一家を挙げて Memphis に移ってきています。高校のバンドでトランペットを吹き、さらには自分のバンドも持っていましたが 1950年に兵役で中断、そこでピアニストの Onzie Horne に出合い、アレンジや、譜面起こしなどを教わったようです。1960年、West Memphis に帰った彼は Home Of The Blues のハウス・ミュージシャンとなり、Hi や Stax 系のレコーディングでホーン・アレンジを担当し、1961年に Hi のアーティストとなり、初ヒット The Crawl を出しました。また、彼のバンドはそのまま、Stax における「黒人と白人混合のセッション・ミュージシャン・チーム」のような the Hi Rhythm Section となっています。

古い Ampex の 4トラック・レコーダー 2台を結合した(どーやったかは不明。このころのトランスポートはリアル・タイムのシンクロナイズは不可能だったハズで、両者のキャプスタンを機械的に完全に結合でもしない限り「必ず」ズレる、と思うんだけど・・・)8トラックのレコーダーと、回路的には全管球式の回路によるトーン・キャラクターが Hi のサウンドを味付けしています。
この録音機材やテクノロジーによって生まれるサウンド・キャラクターってのは、マニアからは軽視されがちで、やれ、フィル・スペクターとか、プロデューサーの「手柄」ばかりにされちゃいますが、それは「サウンド」の話しであって、実際には Excello など、スタジオもプロデューサーも違っても、プレス・マスターを作るカッティング・ヘッドをドライヴするアンプのアウト・プット・トランスと、ヘッドのコイルとのインダクタンス成分の干渉によって、独特のレゾナンス感を持つ「トーン」が存在します。したがって同じマスター・テープを使っても、カッティング・ヘッドを経ていない CD などではそのキャラクターが消えてしまう場合もあります(ただし CD であっても、マスター・テープが散逸してしまっていて、やむなくアナログ・ディスクから起こしたものには、その「香り」が残るワケですねえ)。

ま、それはともかく「サウンド」としては、Al Jackson(後には STAX の Booker T のグループに参加してます)あるいは Howard Grimes のドラム、Bobby Eammons のオルガン、Reggie Young のギター、Tommy Cogsbill のベース、そしてホーン・セクションには Andrew Love、Ben Cawley、Charles Charmers、James Mitchell、Gene Miller、そして Wayne Jackson という顔ぶれで、Hi のレコーディングを支えました。
さらに1966年から1968年にかけては the Hodges brothers─ギターの Mabon Teenie Hodges &ベースの Leroy Hodges、オルガンの Charlie Hodges─が加わっていましたが、1964年から1969年の間に 20-75/Secret home、Bad Eye、Mercy、Soul Serenade、Prayer Meetin'、30-60-90、Uphard と 8曲のヒットを出しています。
この Hi records のテイクはイギリスの London record によって発売されています。

これらのデータに基づけば、Don Hines のバッキングは恐らく Hodges brothers 以前のセッション・メンバーと思われますが、確証はありませんです、ハイ。(って駄ジャレじゃないってば)

その後 Willie Mitchell は副社長となり、Al Green をプロデュース、洗練された「ソウル」としてポピュラーのゾーンにまで到達するサウンドを打ちたてています。ただ、Hi Records そのものは1979年に Cream Records に売却されてしまい、それ以降イギリスの Demon Records からリイシューされており、とうぜん Donald Hines も聴くことが出来ます。

Hi Records-R&B Sessions HI 45 や、日本では P-VINE のHI RECORDS : THE BLUES SESSIONS HI / P-VINE PJ120/1
オリジナル・シングルは Hi 2056 Stormy Monday Blues / Please Accept My Love





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