I'm Free

Lucky Peterson


03-09-05
タップリとホーン・セクションを配したゴージャスな和音で幕を開け、そこに絡みつくギターはこれ、例のナチュラルフィニッシュの Gibson ES-335TD でしょか?
オープニングの騒擾が収まると、良くコントロールされた意外としっとりとしたテクスチュアのスロー・ブルースが滑りだします。
音場構成は吟味されているようで、ヴォーカルとリード・ギターがセンターに定位するのは当然として、右には Fender Rhodes、センター後方には Hammond(これ、B-3?)と思われるオルガンとやや広がったブラス・セクション、左にはリズム・ギターが意外に小マメにストロークを入れています。
動と静じゃないけれど、音の厚みの変化を実にウマく活かしていますよ。つまり、クールなとことホットなとこで、普通なら「音量」と、弾き方から来る「インテンシティ」くらいしか変化が無いとこなんですが、この曲では、楽器のトーン、音数、インテンシティ、音量、楽器数までも変化を持たせ、ムードの演出をしています。

ここら、やはり「現代の」プロデュースだし、現代のミキシングとなってるのねん。
同じことは Jimmy Rogers の最後のアルバム冒頭の Blow Wind, Blow を CD ショップ店頭のヘッドフォーンで試聴したときにも感じたものです。
登場する楽器がどれもクッキリと分離し、粒立ちが良くなってるんですよ。
特に昔と違うのはベースでしょう。ダイレクト・ボックスから「直(ちょく)」で卓に入る信号が、一度アンプの回路をくぐり、スピーカー・ユニットを前後させ、音となって放射されたものを直前のマイクでも拾って来たものを混ぜても、ニンゲンの耳は、最初に入って来た音(つまり「立ち上がり」ですね、トランジェント)に左右されるので、ラインよりの芯のある音として認識されます。これによってベースの音が、それまでの、時として音程もとりずらいよなボワァ〜ンと野放図なものから、ベースのメロディをも「活かせる」シュアなものになってきたワケです。
この曲ではさほどメロディアスなベースってワケじゃあないのですが、独特なパターンを繰り返すことによって曲のベクトルを明確にしているように思います。

ハモンドを使ったソロもたっぷり盛り込まれてて、(特に最近もすこしナンとかしたい、と思ってるワタクシのキーボードに)とってもいい「おベンキョ」になるざます。
ただ、やはり右隅でゴチョゴチョやってる Fender Rhodes だけは、どしても納得いかないんすけどね。ここ、かえってフツーのピアノのほがいいと思うんだけどな。ま、見解の相違ってヤツでげしょ。
ドラムはムダに「熱く」ならなくていいです。ま、左隅のリズム・ギターは「聴かなかったことにして(?)」・・・ あ、両隅がロクでもないのかあ?
エンディングに向かうギター・ソロではその音作りも少し変え、軽くクランチがかったソロを弾きまくってますが、やっぱ個人的な好みから言えば最初の音のが好きだなあ。

Lucky Peterson ・・・なんだか、ちいさい時に「神童」とか「天才」なんて言われてたガキ・・・うっぷす!おコチャマは長ずるにつれ、どんどんフツーのヒトになってったりするもんですわな。
ハタチ過ぎたらタダのヒト、って。でも、この Lucky Peterson にはあてはまらないかも、でございますよん。
1964年、New York 州 Buffalo で、 the Governor’s Inn という Jimmy Reed やマディも出演したことがあるナイト・クラブを経営する父、James Peterson の息子として生まれています。だもんだから、彼の初ステージは当然その the Governor’s Inn で、わずか三才のときだった、と言いますが、たぶん、これ読んでる人たちのうち半分くらいは「親バカのホラ」だと思ってるかもしれませんねえ。

ま、それはともかく、Bill Doggett(1916-1996、キーボード奏者で自分のコンボも持っていました。基本的にはジャズ・コンボに分類されるのでしょうが、意外と R&B っぽいとこもあります。1956年の 9月にはインスト・ナンバー Honky Tonk が 22週にわたり、ビルボードの Popsトップ 40にチャート・イン、最高で 2位にまで登りつめています)による演奏を聴いたのがキッカケで Hammond B-3 のトリコになったのが 4才半!なのだそうですじゃ(それまではドラムだったらしいんですが)。ううむ、テモトにそんないい楽器があったらワシかて今ごろは・・・ ブツブツ。
ケッキョク音楽関係者も出入りしてますから、さっそく目をつけられて、5才で初吹き込み!6才で早くも The Tonight Show と The Ed Sullivan Show に出演!やれやれ、苦節ン十年、やっと出したシングル売るためにノボリ片手に全国津々浦々をめぐり歩きレコード店ではサイン会、よーやくテレビ出演がかなったときには、はや 50才も間近、なんてえ演歌歌手が聞いたら「にゃにおう!」ってアバレ出しちゃいそなチョー恵まれたカンキョーでございますねえ。もちろんブルース業界でも異例でございますよ。

Willie Dixon のプロデュースで「1-2-3-4」を出し、それがテレビ出演のキッカケとなったのですが、そのような早熟な才能がショボたれるコト無く、リッパなブルースマンになってったんだから、実にメデタいことです。
その後も彼はキーボードはもとより、8才からはギターも始め、やがてはベースにドラム、そしてトランペットまでこなすようになっちゃいました。

恵まれた環境のおかげで、当時の最高のブルース・プレイヤーたちの薫陶を受けてたんですから、これで「ド下手」のままだったらバチが当たるってなもんでございましょ。
17才にして Little Milton のキーボーダーとして 3年間バックを務め、続いてはブランドのパッケージ・ツアーに参加してヨーロッパでも知名度を上げました。
そして、フロリダのプロデューサー Bob Greenlee と組んで Alligator に吹き込んだ Lucky Strikes!(1989 )Triple Play(1990 )の 2枚が高い評価を受けています。
同時に、Etta James や Kenny Neal などとの数々のセッションで行ったバッキングも評価されています(ただし Otis Rush のトラックに後乗せで入れたピアノのケースは少し複雑です・・・ あまりレコーディングには恵まれていなかった Otis Rush がかって Vanguard の Chicago/The Blues/Today で関わった Sam Charters によって、スウェーデンのストックホルムで 1977年の 10月に、同地の Sonet Records のために Decibal Studio で録音したものは、当初 Troubles, Troubles, というタイトルでリリースされました。このオリジナル・マスターが Alligator の手に渡ったのですが、そっからが問題です。Alligator では ─ ということイコール「 Bruce Iglauer は」─ その音を Otis Rush には「ふさわしくない」プアなレヴェルである、と判断し、「 Otis Rush も気に入っている」という Lucky Peterson のキーボードを「かぶせて」しまったのです。もちろん、そんな後処理があろうとなかろうと Otis Rush の素晴らしさは変わらないのですが、しかし、だからと言って、本来の演奏者に無断で後のせしても「いいものだろうか?」というまったく別な、大袈裟に言えば「道義的な」問題は残る訳です。この件は Lucky Peterson にとってもマイナスだったかもしれません)。

1992年には Verve label に I’m Ready を吹き込み、ブルースから裾野を広げたその仕上がりは(プア・・・ じゃなかった、ピュア・ブルースにこだわる方の「お好み」からはハズレるかもしれませんが)、彼のプレゼンスを示した作品だったと思います。
2001年にソロとしての活動を本格化させた Rico McFarland も、この Lucky Peterson のもとでギターを弾いていました。
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