Going Back Home

Son Seals


2004-03-13 SAT.
カンのいい方なら案外、気付いておられるやもしれませんが、Johnny Shines が苦手、ってことは、この Son Seals のビミョーにヴィブラートがかったヴォーカルもそーなんじゃないの?ってことなんですが、実は「おっしゃるとおり!」でございます。
その意味じゃあ Luther Allison もそーなのよねー。でも、社員図(この変換、なんだかトボケてるんでそのままにしとくざます)とちゃうのは、いわゆるモダーン・ブルースのスロー・ナンバーだと、まあ、それほどイヤでもないか?ってあたりですね。
Luther Allison もそーなんですが、やや線の細い震えがちなヴォーカルは確かに「お聞き苦しい点がございましたことを⋯」と言っても(ただし、自分のことは棚にあげて、ね。あ、カンケーないけど、ウチの板にホント時たま書き込みしてくれる「たな」さんも、その HN はその「棚に上げて」から来ております。田中とか、そゆ苗字じゃないのよねん)いーくらいなんですが、二人とも、それを補って余りあるカウンターのギターが「キョーレツ」で、それで赦しちゃお、となっちゃうのでございますよ。

ま、それには、自分もヴォーカルには「いささか(いささか、じゃねーだろ!というツッコミは精神衛生上よろしくないので聞かなかったことにして)」パワー不足だなあ、っつー自覚があるもんだから、「見逃してくれよう」的な共感が生まれておるのでございましょう。
ホント、ギターの音なら PU 換えたり、エフェクターでいじくりまわして「原形を留めないほど」加工も出来るんですが、生まれついて持っている自分の声帯ってヤツ、(ま、鍛え方が足らん!とのお叱りもおありでしょうが)パーツ交換できるワケもなく、わしゃあ Screamin' Jay Hawkins みたいな声が欲しい!なんぞと言ってみたところでせんないことでごじゃりまする。

さて、この Going Back Home、ブラスの重い和音から始まる、判りやすい「マイナー・ブルース」なのでございますが、その声のトーン・キャラクターによるものか、あるいはリキ入り過ぎのギターによるものか、あまり「暗く・重い」ってえ感じではございません。
同じマイナーでも Jody Willims の Lucky Lou や、それにインスパイアされてる(?)Otis Rush のあの曲のような「親しみの持てる」系のスタイルとはちとちゃうんですが、決してダウナーじゃない「根」の明るさを感じさせるよなマイナー、っちゅう気がいたします。

Son Seals は 1942年に Arkansas 州の Osceola で生まれています。
彼の父、Jim Seals(たぶんね。原文じゃあ父のジム、としか書いてないけど、特別ことわってないんで同じ苗字だろう、と・・・)は Juke Joint を持っていたようで、家族はその店の背後の狭いスペースで生活していたもののようです。そのイミじゃあタイヘンだったでしょうが、Juke Joint にはいろんなブルースマンが来ては夜ごと演奏してたワケですから、彼はごく早いうちから「ブルースまみれ」の生活だった、と言うことが出来そうです。
Sonny Boy Williamson に Albert King、そして Robert Nighthawk などの音を「直接」聴いて育ってるんですから、こりゃもうメチャメチャ羨ましい!まだ立って歩けるようになる前に「ブルースの洗礼」を受けていたワケですねえ。
そんな環境でブルースに馴れ親しんでいた彼でしたが、それでも、最も大きな影響を与えてくれたのは自らピアノ、トロンボーン、ギターにドラムを弾き、先日も採り上げた有名な The Rabbit Foot Minstrels にも参加していた「父」だった、といいます。Son Seals によると、その父が音楽に関することはすべて「いちから」教えてくれたようで、やがて 18才で自分のバンドを作り、そこではギターを、また時にはドラムとして Earl Hooker や Albert King( Live Wire / Blues Power )のバックについたりもしておりました。

1971年には Chicago に移り、Junior Wells や James Cotton、Buddy Guy、そして Hound Dog Taylor などともセッションを持っていますが、その最初のアルバムに参加し(後にドラムは Ted Harvey に変わってしまうのですが)ツアーにも一緒に出たり、毎週末のサウス・サイドのクラブ The Expressway Loung でのギグにも参加していたようです。

その Hound Dog Taylor は彼のことをドラマーとしてではなく、ひとりのブルースマンとして認めてくれていたらしく、まだやっと Hound Dog が売れ始めたところで、その売り上げで次の吹き込みの資金を作る、という「右から左へ」の操業を続けていた Bruce Iglauer が、その貴重な機会を誰に与えるか悩んでいた時にサイドからプッシュしたのが Hound Dog Taylor で(ただしこれには異論があって、Alligator 側の「伝説」では違うストーリィが描かれています)、それ以外にも、自分のステージを彼のために割いてくれたりしたそうですから、Son Seals にとっての Hound Dog は、まさに「恩人」と言ってよいでしょう。
ともかく、新興レーベル Alligator の三枚目のリリースとなったのがこの Son Seals Blues Band だったのです。

そのアルバムが発売された後、彼は各地のキャンパスやクラブ、そしてフェスティヴァルに出演してその知名度も次第にアップして行きました。
続く 1977年には Midnight Son をリリース、これは広く歓迎され、Rolling Stone 誌はこれを過去10年間のベスト・ブルース・アルバム、と呼んだほどです。
以後もヨーロッパ・ツアーを経験し、Olympia Beer の TVCM にも登場し、アルバムも Live & BurningChicago FireBad AxeLiving In The Danger ZoneNothing But The Truth とリリースされています。

興味のある方は↓
http://alligator.com/artists/bio.cfm?ArtistID=002
をどうぞ。
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