Chicago is Chicago

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2004-07-19 MON.

なにげなく昼前のローカル局の情報番組(地元のグルメ情報など、ケッキョクはコマーシャルを出してくれてるお店が対象ですから「モッチロン、ヨイショ大会」。スポンサー様のご機嫌を損ねるワケにはいかないもんな。なので、もの凄~く「ハズレ」が多いけど、それでも知らない店を紹介してくれるので、時々見ています)を見てたら、休日のせいか、通常番組じゃなく、なんと、例の津軽三味線一行が Chicago Blues Festival 2004で演奏した際のドキュメントみたいな「特番」になってるじゃないの!
以前にも、ニュースの中で、チラっとだけシカゴでの演奏風景は流されていたのですが、これは「密着レポート」みたいな体裁になってます。

ま、例の(?)カイヤってのが、昔シカゴでモデルをしてたとかで進行を務めるのはまあガマンもするけど、核燃料リサイクルなんぞのカネで作った番組のため、まったくブルースにも三味線にもカンケー無い、シカゴの原子力発電を「理想化」した紹介など、まさに放射能汚染なみの「汚れた制作姿勢」が全体を大いに損ねてるぜ。
当然、番組中に挟まる CMも、「私たちは二酸化炭素を殆ど出さない原子力発電を進めて行きます」みたいな、どんな俗悪番組と言われるものより「悪質」な、本当の意味で青少年の意識を汚染しているプロパガンダばかり。
ま、そのカネが無きゃ、弱小ローカル TV 局が海外まで取材スタッフを送り出せるハズもない、ってワケやね。

さて、番組中で「シカゴ・ブルースとは」という説明がナレーションで入ったのですが、これまたヒドい!えどすりちゃま板で一身に「嘲笑」を浴びていた、リッスンなんとかっちゅう某サイトの「シカゴ・ブルースとは?」の説明を鵜呑みにしてトクトクと語ってるじゃないの。
ま、なんたって、「まち興こし」が先にあって、青森の「青」と淡谷のり子の故郷ってことで「じゃブルース」ってゆう短絡を発端にして「ブルースの街」宣言をしちゃったけど、だもんだから、ブルースが大好きで良く知ってる、ってスタッフも別にいなかったんじゃないの?あんな噴飯ものの説明をそのままにしてるとこみると。

番組中では一行がシカゴに入って地元ミュージシャンとセッションしたりもしてましたが、やたら気になったのは、三味線のチューニングが、A=440Hzという前提でセットされているピアノをメインとした西欧の楽器群とのズレが大きくて、いつもチューニングが気になるワタシとしてはとても「聴くに耐えなかった」ということ。
つまりね、三味線ってのはフレットがないんですよ。つまり理論的には「開放弦以外」では西洋音階の音高に指先で合致させることはできるのです。ちゃんとした「耳」さえ持っていればね。
それがまったく出来ない、ってことは耳に頼らず、カラダが覚えたことしかできないハンパなミュージシャンだ、っちゅうことだぞ。その前にチューニングがあってない「不快さ」にどんだけ鈍感なんだよ、と思うぞ。オマエら三味線職人でしかなくて音楽家では絶対に「ない」な。

それ自体で完結した世界を持っている津軽三味線を、世界に紹介することは大いに意義のあることだとは思います。ですが、それをブルースに強引に結びつけることが果たして本当に津軽三味線にとって「いい事」なんだろうか?というギモンを持ったのはワタシだけでしょうかねえ?
なんだか違和感だけが耳について、津軽三味線にとっても、また、ブルースにとっても、あまりプラスになっているとは感じられません。
三つのコード、トニック、サブ・ドミナント、ドミナントが交叉するブルースと、そのような概念自体が存在しない津軽三味線を「共演」させることに、いったいどんな意味があるのか?
もちろん、文化的なひとつの「実験」としての意義は認めますが。
番組中では、やたら津軽三味線とブルースの類似性ばかりが語られていましたが、そのような価値の認め方というのは津軽三味線の本質をむしろ「ないがしろ」にしているのではないでしょうか。
ま、青森商工会議所としちゃあ、なんとしても「類似性」も言いたてて、青森=ブルースってえ「見たて」に必然性を持たせたいのでしょうが。
やはり、混ぜないほうがいいもの、ってあると思いませんか?

ブルース・フェスのステージでは三味線だけでのオリジナル曲も演奏されていました。確かに聴衆(殆ど白人です。黒人はいたら目立つくらい)にはある種の戸惑いはあるようですが、しかし、それでも、津軽三味線の精髄に、それなりの感動を受けているように思われます。それは、日本の民謡大会にいきなりドブロ弾き語りのカントリー・スタイルのブルースマンがゲスト出演したら聴衆に与えるであろう「驚き」と同じようなものかもしれません。
と、フとそこで思ったのですが、このような三味線のみによるアンサンブルって、それ自体は素晴らしいものもあるのでしょうが、それを現代のエレクトリック化されたバンド・サウンドの方向で拡大したジャンルがもしあったら、もっと親和性があったのではないか?ということ。
ま、もしかすると、上妻宏光の活動などがそれにあたるのかもしれないけど、逆にそのヘンって純粋な(?)津軽三味線演奏者からすると「堕落した」音楽に見えるんだろな。

もちろん、生え抜きの三味線奏者と、そのあたりのことを話してみたことが無いので判りませんが、やはり、エレクトリック化して「聴衆の層を広げる」ことは、常に「ひよった」と言う非難をカクゴしなきゃいけないコトなのかもしれませんね。
ま、幸いなことに、津軽三味線は現代にあっても、次々と担い手が現れる確立されたジャンルとなっているようですから、逆にその辺縁部に現代的な「ジャポネスク(?)」なフュージョン・ミュージックがあってもいい、とは思うのですが。
と、そんなことを考えたってのは、バインダー無しの、ナマのままのミックスは違和感のほうが先に立ってしまうよな。

また番組に戻って、A-Show とかゆうシカゴ在住の日本人ブルースマン(?)が街頭で Sweet Home Chicago を弾き語りをしてたシーンで、それにムリヤリ合いの手を入れてるカイヤが、ブルースなんて興味も無いし、好きでもない、ってのが実に良く判る「空疎な」騒ぎ方してたのにはまことシラケましたねえ。
てなことをすべて総合して、「番組」としての出来を言うなら、「ローカル限定の放映で良かったね」としか言いようがございません。

でも、それは津軽三味線の責任ではなく、もっぱら安易な発想でタレントを起用した「制作側」のモンダイ
だな。

今日の弘前は夕方あたりから雨になったのですが、気温は高いままで、かなり蒸しております。
ひところはやや強い雨になりかけましたので、大雨?と警戒しましたが、さいわい、いまのとこ雨はさほど強くなっておりません。
新潟、福井と連続した雨による被害、次はどこで起きるか予想もつかないよね。
どうか大雨警報などに気をつけて、さらに、いまのお宅周辺が、河川が溢れたときに水が流れ込むシンパイはないかどうかチェックしておきましょ。
たいていは堤防の決壊でいきなり水位があがる例が多いようですから、せめてアタマの中だけでもヒナン訓練をしておくといいかもね。
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