Win? or loose?

2002-07-05
とめごろおさんはここんとこ、小林秀雄の「モーツアルト」に取り組んでいるようですね。
たしか「音楽の総てを把握し、その重心点の上に座っている彼が僅かに身を傾けるだけで全体が傾ぐ」てなコトが書いてあった記憶があるんですが、細かいとこは違ってるかも。

小林秀雄の著書からは、ものを「観る」とはどういうことか、ものを「考える」とはどういうことか、を学んだと思います。
もちろん、ちゃんと観なくたって、ちゃんと考えなくたって生きてはいけます。でも、それが「生きている」ということなのか?たっぷりと考えさせられましたね。

以前、文系の学生で、あまり頭の良くないヤツが、理系の学生たちについて「あの人たちの頭の良さって、記憶力でしかない。人間としての資質は理解力にかかっている」というような、ありがちな妄言を吐いて失笑を買っていましたが、それは文系・理系の問題じゃないんですよ。それに気付いてない、という時点でもう墓穴を掘ってる。
プアなデータからはどんなに思考を重ねてもプアな結論しか導き出せないんです。
見聞を広げ、さらに頭の中でそれらの知識どうしが相互にリンクしてあなたの常態思考を裏切るような「可能性」が突然出現して来るのです。それを経験したくはないか?

「理系は」、などという決めつけが「どれだけ多くのもの」を見失わせている事か。理系の人間は理解力に劣る、というのは「残念ながら」あなたの卑小な「願望」に過ぎないんじゃありませんか?
かってオリンピック競技で「精神力」では日本人が優っている!という迷信がはびこったことがありましたが、「精神力」は相手も持っているんですよ。そんなカンタンなコトも判らないんだから。
理系に対するやっかみ半分の偏見も同じですね。理解力ってのは「個人差はあっても」文系・理系の差ではない。
理系の人間が人生の機微に疎い、なんて油断している間に、カンタンにおいてかれちゃいますよ。文系の方々は理系の知識を広げようとしてますか?軽蔑なんかしてる場合じゃないでしょ?テキ(笑)はあなたの「自称」専門分野に静かに浸透して来てるっつーのに。

あ、そうそう、なぜかハンブン自慢気味に、オレって(あるいはアタシって)ビデオの予約録画が出来ないんだよね〜!とイバるのは恥ずかしいですよ。
ま、そのかわりに私には別な才能が有るのよね〜、なんて思ってるぶんには自由ですが、いやあ、ホントにそうだったらいいんですけどね。
あなたと同じこと出来て(どころか、あなたの上を行ってるかも)しかもビデオの予約だってパソコンのセットアップだって出来るヒトいっぱいいると思うんですがねえ。自分が苦手な事を過小評価するのは「見苦しい」ものです。
自分にはなかなか出来ないことをちゃんとこなす人間には敬意をはらいましょ。あんなこと別に出来なくたっていいよ!と思った時点で「勝ち負けでいうところの(copy:チャイバラリエゾウ?)負け」ですぜ。
permalink No.83

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