Don't Burn Down the Bridge

Otis Rush


2004-12-25 SAT.


むしろ Albert King の演奏で有名かもしれないこの曲ですが、本日は Otis Rush のヴァージョンでございます。
ここでの Burn Down the Bridge ゆうのは、どうやら諺(ことわざ)みたいなのにカンケーしてるらしく、自分が渡って来た橋まで焼き尽くしちゃうと、退却も出来ないからダメよん(ホントか?)てな意味らしーんですが、ま、これに関しちゃあ、さほど詳しい訳でもございませんので、気になるかたは、どうかご自分でもお調べくださいませ。とんだガセネタかもしれませんし。

あ、某サイトで見つけた歌詞(ただし Albert King の、だけど)では⋯
(他のオトコに目移りしてそれまでのオトコを捨ててくのに対して)
ああ、でも橋を焼き落としてくのはヤメときな
戻ってきたくなるかもしれないだろ
行ってみたらそっち側の芝生だってきれいじゃなかったりするからな

ふむふむ、橋を焼く、ってのは自ら退路を断つ、ちゅう意味らしいんですねえ
向こう岸の芝生がキレイに見えたかもしれんけど、芝生ってのは離れたとっから見たときと、そこに行って上から見下ろしたんじゃ印象が「ちゃう」んだよね。
そう、よく言う「隣の芝生は」ってのがソレだな、きっと。


もっとも私が持っております国内盤の CD、PolyGram PHCR-1248 AIN'T ENOUGH COMIN' IN には対訳までついた懇切な解説が同梱されておりまして、やはりそこでも、「(一時の怒りにまかせて)後でとりかえしのつかなくなるよなことはしないほうがいいよ」みたいな訳詞を載せてますねえ。

別に比較しよう、なんて気はなくても、どちらも「覚え易い」曲に仕上がってるため、Albert King と Otis Rush の違いなんぞを「感覚的に」、はたまた「学術的に(?)」比較検討なんぞするのもいいのでしょうが、私にとっちゃあ、ともに捨て難い(って、捨てるひつよーなんぞドコにも無いんですが)それぞれの Don't Burn Down the Bridge となっております。

特にここでの Otis Rush は、モチロンそのギターもそうだけど、なんたって伸びやかでしかも深みのある、そのヴォーカルが(先の野音での彼の音を聴いたが故に「さらに」かもしれませんが)、まさにまっすぐ、心に滲み込んで来ます。

CD のジャケットおよびライナーの写真では、ネックからボディ、トレモロ・ブロックまで、完全に左利き用に作られ、弦もちゃんと上が太く、下が細い、純白の Fender Stratocaster(ローズ・ネック)を構えた彼が写っておりますが、このアルバムの録音そのものが、その Stratocaster で行われたものかどうかは確認できません。
もちろん英文ライナー部分には、「彼が使っているのは John English によってビルドされた完全にスペシャルな、彼のためのワン・オフ・モデルの Fender Stratocaster である」とは書かれていますが、曲ごとのクレジットに使用ギターまで記されているワケではありませんので、これだけ実は Gibson ES-355TD である!なんて可能性も否定できないワケでして。
いえね、ワタクシ個人の「印象」だけで言わせていただけるなら、これ後者の音、っちゅー気がするのですが・・・

ま、気がするだけですから、そこらあまりツッコまないでねん。

それがどうした?言われそうだけど Gladys Knight & The Pips もこの曲やってるみたいですねえ。

さて、この投稿をした当時は見つからなかった Otis Rush 版の Don't Burn Down the Bridge の歌詞が手に入りました。
しか〜し、それをそのままテキスト・スタイルでアップするのは著作権料ハンターの餌食になるかもしれないので検索されない「画像化された」スタイルでお届けいたしましょ。



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